余韻を残して、一曲が去る。
どうやら気休めに聴いていたのが気に障ったらしい。音律のを極めた者にとって、何かを紛らわせるために聴かれたのであっては無粋にしかならないのだろう。失礼を詫びるように彼が立ち去るまでその場でじっとしていれば、彼は一切こちらに振り返る事もなく立ち去って行った。
都の探索で鬼退治に勤しんでいれば、突如として現れた荷を背負った紙人形が落としていった霊符で偶然呼べたのが彼だった。呼んだすぐに「煩いぞ」と言われ、話す間もなく「このような喧しい場所に呼ぶなど…」と不満を言われて去ってしまい、私自も依頼でてんてこ舞いになっていたのでこうして姿を見るのも久しぶりだった。一度偶然見かけた時には、近寄った小白と神楽が純粋に賛辞を呈していた姿もあったが、煩わしそうに眉を潜めていた所を見るに相当気難しいのだろう。
「なに、あまりに見事なものだったのでな」
「人を狂わすというその噂、確かに納得せざる得なかった」
「ほう。君にあの調べが理解来たとでも?」
「いつまでそうしているつもりだ」
言うや否や、彼は重たい琴をともせず踵を返し、これ以上はないと暗に告げている。
本来ならばすぐに立ち去った方が良いのかもしれないが、この浮世離れした想いをすぐに手放すのは惜しい。目を閉じて、そっと浸っていればいつの間にそこにいたのだろうか。目を開ければ白い着が目に
り、私は僅かに目を見開く。
「なるほど。それは失礼な事を言った。では、明日は純粋にその音を楽しむ為にここに来よう」
低い声音で問われ、暫くしたのちにを開く。
そんな夜が連日続き、最近はあれほどじていた疲れも
じなくなっていた。
純粋に賛辞を込めて言うが、気難しい彼はスッと冷めた目つきで私を見やる。興ざめしたと言わんばかりの表情で私を見下ろす。
次の夜はいるかどうかも分からない妖琴師の琴の音を聴く為だけに桜の木の元へ訪れた。約束も
わしていなければ、気難しい彼なので来るどうかもわからない。期待半分に訪れた場所に、かくして妖琴師はいた。前の夜と同じ位置に座し、私も昨日と同じ位置に佇む。息を殺して、世界が妖琴師の奏でる音だけになったかのような錯覚に囚われ、目も眩むような時間に浸る。その時だけは何もかもを忘れて、じっと彼の音だけに
を任せた。そうして余韻に浸っていればいつの間にか妖琴師の姿はなく、私は誰もいない桜の木に向かって「お見事」と笑みを向ける。
妖琴師が来たのはついこないだの事だ。
「心労が募った心で私の調べが理解できると?」
「ふん。先だけで
来るとは到底思えないがな」
相変わらず蔓延る悪鬼が絶える事はないが、夜にあの音を聴くだけでその日に
「やはり、到底来ていない。所詮はその程度というものか」
挑発的な台詞は地なのか、それともハッタリか。私は目を細め、持っていた扇で手を叩いた。